2015_01
18
(Sun)21:53

『キリール文字の誕生』

前回書いた本の話。

キリール文字の誕生―スラヴ文化の礎を作った人たち―キリール文字の誕生―スラヴ文化の礎を作った人たち―
(2014/02/21)
原 求作

商品詳細を見る


読書感想文は昔から苦手で、本に限らず作品レビューの類も、「良かった」「面白かった」「そうでもない」くらいしか書けないのだけど、だからと言って読みながら何も考えていないわけではないので、思った事柄をちょろっと書いてみようと思います。
読みながらあれやこれや思ったことなので、必ずしも著者がこの本で伝えたいことに関係してるわけではありません、というか、むしろ概ね脱線です。
この本の本来の趣旨を知りたい方は、ご自分で読んでね。

●何故新たに文字を創ろうと思ったのか?
この本は上智大学のロシア語の先生が書いたもので、語学の授業のほかに受け持っている「ロシア文化入門」という講義のうち、キリール文字に関する部分をもとに書かれています。
キリール文字の「キリール」というのは人名で、この文字を作った人の名前です。
で、普段日本人がアルファベットと言ってる文字は、正確にはラテン語を書くために作られたラテン文字です。
ちなみに4世紀に聖書のゴート語訳をものしたウルフィラさんは、ラテン文字を流用したので、ゴート語聖書の文字はウルフィラ文字とは言いません。どうでもいいか。
でも、キリールさん、本名コンスタンティノスさんは、スラヴ語を表記するのにウルフィラさんのようにラテン文字を流用するのではなく、なぜわざわざ新しい文字を創造しようと思ったんでしょうか?
実際、スラヴ圏でもラテン文字を使っているところは多くあるので、不思議です。
スラヴ語の発音をより正確に書き表せる文字を作りたかったのか?

文字というのは、本来一瞬で消えてしまう音であるところの言葉を、長くとどめておける便利ツールなわけですが、その作用は残念ながら一方通行ではなく、文字にすることによって元の言葉の発音に影響してしまうこともあるのです。
日本語も戦後、アルファベット化する案があったようですが(占領国のアメリカ人にしてみたら、日本語は数えきれないほどの文字があって非効率、効率の良い26文字にせーよ、といったことだったらしい。余計なお世話だ)、もしアルファベット化されていたら、ラーメンもramenとかrahmenとか書かれて、そのうち発音も変わってたんじゃないかと思う。
ローマの人ながら、幼いころからスラヴ語に親しんでいたコンスタンティノスさんだからこそ、借り物の文字に頼らない正確な表記がしたかったのかしら?
この点については結論が出ていないとこの本にも書いてあるので、私ごときが詮索しても仕方ないけど。

●文字を創るということ
生まれた時から文字がある環境で暮らしているとわからないけれど、文字を創るというのは相当に高度な作業ということがわかりました。
日本語も中国の漢字を借りて文字を書いているし、なぜ言語の数だけ文字がないのかと昔から不思議に思っていたけど、そんな簡単なことではないんですね。
アルファベット、この場合ギリシャ文字はフェニキア文字をもとに創ったものだけど(ラテン文字はギリシャ文字から作った)、フェニキア人はセム語派で印欧語族ではないから、そのまま流用できるわけもなく、どうやら音をあらわす記号として拝借したよう。
その点、漢字から和語の発音をあらわすカナ文字を創った日本語と似たものがあるかしら。

文字のルーツをたどると象形文字に行き着くと思うけど、象形文字の遺伝子を受け継ぐ表意文字(漢字)が現代まで残った東アジアと違って、地中海世界では早くから表音文字化したみたいです。
有名なエジプトのロゼッタストーンにあるヒエログリフも、一見象形文字だけど実は表音文字だし。
だからヨーロッパで文字といえば、単純に音をあらわすための記号なんですね。

もう一つ、この本で気づかされたのは、文字を持たない=文化レベルが低いということではないということです。
スラヴ人が9世紀まで文字を持たなかったのは、必要性がなかったからなんでしょう。
部族社会だった彼らは、口伝で事足りていたのかも。
時空を超えて言葉を残そうとか、考えたことなかったのかも。
それに対してゲルマン人は、確か3世紀ごろにもうルーン文字を残していたと思う(時期はあいまい)。
何が重要と思うかは、その社会構造によって違うんでしょうね。

●日本の歴史教科書に登場しない世界
この本を読んで一番感じた部分です。
もともと、日本じゃ教えない世界の歴史に興味がある(だからいつぞやもエストニアくんだりまで行っちゃったのさ)ので、この本で初めて知ったわけじゃないけど。
日本の中高時代に習う世界史では、ローマ帝国が4世紀に東西分裂したと思ったら、5世紀に西ローマが滅んじゃって代わりに幅を利かせたフランク王国もその後のなんやかやで分裂してあーだこーだとやってる時代に、一方その頃東ローマ帝国は驚いたことに15世紀までありましたとさ、な感じの西欧中心な扱いだったような。
だから、ハザールなんて国もこの本で初めて知りました。
黒海、カスピ海沿岸に突如登場した遊牧民の国家。
今読んでる『スキタイと匈奴』にもそのうち出てくるかしら?
まだ前半のスキタイ部分(紀元前)だから、時代的に遠いけど。
ハザールは、トルコ系言語を話し、突厥文字を用い、アルタイ系騎馬遊牧民の諸相色濃い、出自が謎の民族による国家だそうです。
興味深いですねえ。
こちらも読まないといけない。

ハザール 謎の帝国ハザール 謎の帝国
(1996/03)
S.A. プリェートニェヴァ

商品詳細を見る


もう一つ出てくる、日本の歴史教科書には載っていない国、モラヴィア王国は、一応存在は知っていたけど、詳しいことは知りませんでした。
中欧に出現したスラヴ人の国家。
たった100年で滅んだ幻?の王国です。
モラヴィアは、現代ではチェコの地方名として残っているけれど、ここの景観が半端ないです。
Green fields of Moravia
もちろん、プロの写真家が撮ったからこんな写真になったわけで、実際にこの場に行ってこの景観が見られるかと言ったらそれはないだろうけど。

コンスタンティノスは兄のメトディオスとともに、この国でスラヴ語の文字を創造します。
この本によると、9世紀当時、スラヴ圏の言語はまだ分化が進んでいなかったので、同じ文字でスラヴ各国の文字表記に十分対応したとかなんとか。
今でもロシア語とウクライナ語はかなり似てるだろうし、クロアチア語とセルビア語は大体同じだそうだから、当時はもっと似ていたのかしら?
分化ってどうやって進むのかしらね?
古くにスラヴ語と分かれたバルト語は、7世紀ごろにリトアニア語とラトヴィア語に分かれたと何かで読んだ気がするけど、その後リトアニア語は古代の印欧祖語の特徴を残したまま今に至る化石のような言語となったけど、ラトヴィア語はそうは言われていないところを見ると、だいぶ変化したのかしら。
リトアニアといえば、13~15世紀には、バルト海から黒海に至るヨーロッパ最大級(ロシア除く)の版図を誇った国だったけど、これも日本の教科書には出てきませんね。
学校で習ったことだけだと、知らないことがいっぱいあります。

●そのほか…
この本の主人公、コンスタンティノスさんはキリスト教の正教会の聖職者なのだけど、そもそも西(ローマ)のカトリックと東(ビザンチン)の正教の違いって、はっきり言うとあんまり違いがないらしく、要は「うちが本家だ」「いや、うちが元祖だ」と張り合ってるようなもんなんですね。
ちなみに、ギリシャ正教、ロシア正教、ブルガリア正教などなど、正教にはいっぱい種類があるみたいにみえるけど、主教座が違うだけで同じものです。
要するに各国に支店があるみたいなもんだと思います。

そういう宗派やら政治やらが絡んで色々面倒くさい時代と環境の中、スラヴ人への布教活動に真面目に取り組んだのに結構不遇だったコンスタンティノス、メトディオス兄弟の波瀾万丈物語がこの本のテーマです。
でも、一番どんでん返しなのは、実は兄弟が創造したのは現行のキリール文字ではなく、グラゴール文字だったのではないか、という話です。
詳しいことは読んでいただければわかりますが、なんか切なくなっちゃう顛末です。
ところでグラゴール文字ってすごいです。
こんな
0.jpgWikipediaより
読める気のしなさはキリル文字の比ではない。

それにしても、彼ら真面目な修道士たちの活動を阻んでいたものの一つに、三言語主義なるものがあったそうです。
三言語主義とは、ラテン語、キリシャ語、ヘブライ語以外は言語じゃねー…とまではいわなくとも、布教活動にこの三言語以外を使っちゃいかん、という決まりです。
外国の庶民に布教するのに、そんなこと言われてもねえ。
現場を知らない上層部の権威主義が垣間見られます。
そんな逆境の中、スラヴ人たちへの布教のために文字まで創って頑張ったんですね。
ところで、またもやウルフィラさんの話になるけど、彼はゴートへの布教活動のために聖書をゴート語訳したわけだけど、その当時はこういう面倒くさいことをいう偉いさんはいなかったのでしょうか?
時代が500年くらい違うからなあ。
関連記事

COMMENT 0