2015_02
25
(Wed)22:24
今年買ったノートPC(WIN8.1)でお絵かき掲示板を使おうと思ったら、Javaが入ってなかったので、インストールしたところ、バージョンが8になってたんですね。
8になって、セキュリティレベルの「中」が抹消されましたね★
「非常に高」と「高」しかなくて、さりげにめんどうくちゃいことに…
セキュリティ証明書が無いサイトは、いちいち「例外サイトリスト」に追加しないといけない模様。

Java8でお絵かき掲示板を使うには、

コントロールパネル>Java>Javaコントロールパネルのセキュリティタブ
1_201502252154171ba.jpg
「サイトリストの編集」をクリックすると下のウィンドウが出るので、「追加」をクリックし
2_201502252159274d7.jpg
上のように左にビックリマークがついた入力フィールドが出るので、そこをクリックしてとりあえず何でもいいから文字キーを打つとカーソルが現れます。
公式ページには「フィールドをクリックして」と書いてあるけど、クリックしただけじゃ何も起こらんしコピーしたURLをペーストも出来ないです。
どゆこと?と思うけど、とにかくそういう仕様です。
ここに、お絵かき掲示板URL(私のページの場合 http://www18.oekakibbs.com/)を入力して「OK」>Javaコントロールパネルに戻って「OK」

Javaの設定は以上です。

次にお絵かき掲示板でお絵かきしようすると、下のような画面が出るので、その上で右クリックして「このプラグインを実行」をクリックすれば、お絵かきページが開きます。
3_20150225221304882.jpg
なんか妙に時間がかかるけど、待ってればそのうち開きます。
警告画面が出た場合は「実行」をクリックすればOKです。

とまあ、そんな感じでやってけばお絵かき掲示板が滞り無く使えるわけですが、めんどうくちゃくなったなーと思います★
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2015_02
25
(Wed)11:41
150225_1119~01
ダヤンエンブレムのツイードバッグ。
以前、わちのウェブショップを見ながら「いいな~」と言っていたのを覚えていてくれたようで、長女が誕生日にくれました。
ありがとう~!!

150225_1120~01
エンブレムの熱押し加工は、ロット的に長女がしたものじゃないかということ。
押しムラができないように工夫をしていたそうな。
もう部署を移ってしまったので、今後出る新しいロットのものは違う人の手によるものに…。
長女がした仕事は、今市場に出回ってる分だけってことだ~(何
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2015_02
17
(Tue)14:44

東ゴート興亡史―東西ローマのはざまにて(中公文庫BIBLIO)東ゴート興亡史―東西ローマのはざまにて(中公文庫BIBLIO)
(2003/04/24)
松谷 健二

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読み終わって少し経つので、記憶が曖昧になってきてるけど(もう?)、すっかり忘れないうちに書きます。

著者は、『ペリー・ローダン』シリーズの翻訳で知られる方です。
などと知ったようなことを書いておいて、くだんの『ペリー・ローダン』シリーズを読んだことは多分ない…(~.~;)
いや、もしかしたら大昔、誰かに借りてちょっとは読んだかもしれないけど、記憶にないから読んでないのと同じ…などという個人的回想はどうでもいいとして★
著者は、ドイツ文学者にして、SFとかエンターテイメント系作品を多く翻訳している翻訳家、作家、です。
何でこんなことをいちいち書くかというと、わたし的にこの点がネックと感じたからです。

結論から言うと、これは歴史書・研究書ではなく、歴史読み物です。
例えるなら、「マンガ 世界の歴史」みたいなものです。
あるいは、TVで放映される歴史ドキュメントみたいなものです。
とっつきやすく読みやすい文章なので、アマゾンのレビューを見ても概ね高評価ですが、これを主な資料にレポートなど書こうとするのはやめといた方が…と思っていたら、アマゾンのレビューの中に「小論文を書く資料に使った」というのがちらっと目に入ったので、大丈夫だったかなこの人、ちゃんと他の資料もあたったかな、なんて余計な心配をしました。

簡単に言えば、客観性、俯瞰的視点に欠けるんですね。
著者の思い入れなど、感情が入り込んだ文章になっています。
別に「この人は好きだ」「こいつは嫌いだ」とはっきり書いているわけではないけれど、レトリックから行間に著者の感情が滲み出ちゃってます。
文学者、作家の性なんですかねえ…。
そんなわけで、サクサク読める入門書としては大いに楽しめるから、論文調を読むのは苦痛だけど、このテーマに興味がある、という人には良いと思います。
でも、資料として読むならば、著者による脚色が入っていることを承知した上で読んだ方がいいと思います。

東ゴートは著者にとって相当に思い入れの深いテーマだったようなので、もしかしたらこれで歴史小説を書いてみたかったのかも?などとも思いました。

もう一つ、これは編集者の頑張りが足りなかったのかもしれないけど、もっと詳細な地図、年表、家系(人物相関)図などの図版をつけて欲しかったです。

以上、珍しくレビューらしいレビューを書いてしまいました。
この先はいつも通りただの脱線です。

先に読んだ『スキタイと匈奴』が、フン族国家の落日で終わっていたのだけど、この本の第一章の半分以上がフンの、最後の王アッティラにまつわる話です。
その項で、5世紀半ばに東ローマ帝国の外交使節団の一員としてアッティラのもとに赴いたプリスクスという人物が書き残した記録を長く引用してるのですが、これが興味深いです。
同時代人が書いた第一級資料として重要なのは当然ですが、その中に、語学に長けたメンバーの存在がちらっと書いてあるんです。
そーゆーことだよっ☆(何
『スキタイと匈奴』にちょいちょい出てきた「こいつらいったい何語で会話してたんだい」問題は、きっといつの時代にもいるこーゆー語学堪能者によって解決されていたんだよっ

このアッティラにしても、のちにイタリア半島に国を築き、その後東ローマに滅ぼされた東ゴート王国にしても、何を目指していたのかというと、既存の権威、当時の先進国であったローマ帝国(この時はもう東しかなかったけど、ローマ帝国はローマ帝国)になり替わろうとした、もしくは近づこうとした、という風に感じられてならないです。
記憶が思いっきりあやふやなうえに日本史は残念な私なんですが、豊臣秀吉は公家になりたかったのだと。
つまり、既存の権威に憧れていたのだと。
一方家康はベンチャーみたいなものだったのか。
そんなことを聞いたか読んだかしたことを思い出しました。
既存のものになろうとするか、新たな道を切り拓くか、そのどちらが成功するか本当のところはわからないし、現代人は歴史の結果を知ったうえであーだこーだ言ってるだけだけど、フンも東ゴートも滅んだのを尻目に、当時の超ド田舎なガリア地方で着々と力をつけたフランク族が、その後ローマに代わってヨーロッパの中心になる国を築いたという事実に、何か感じるものがあります。

さて、今『ハザール』を読んでいるのだけど、東ローマ皇帝ユスティニアヌス二世という人が出てくるんです。
この帝に、ハザールの王様が妹だか娘だかを嫁にやり、その女性はテオドラと改名した、という記述がさらっとあります。
別にその後テオドラさんが歴史的に重要な役割を果たしたわけでもないんで、なんでわざわざこんなことを書いているのか疑問に思うところだけど、実は、東ゴートと戦って滅ぼした時の東ローマ皇帝の名前がユスティニアヌス一世、その妻の名がテオドラなんです。
先にこっち(東ゴート)を読んでたからピンときたけど、知らなかったらスルーしてるところでした。
ユスティニアヌス、テオドラ、というのは、ヨーロッパ人にとっては知ってて当然な組み合わせなんでしょうか?

『ハザール』はがっつり論文調だけど、面白いです。
そのうちまたグダグダ書くかもしれません。
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2015_02
12
(Thu)13:03
コンタクトをしなくなってずいぶん経つのだけど、「出かけるときくらいコンタクトにしたら?」と言うダンナに連れられて、使い捨てソフトレンズを買いに行きました。
どうせ普段は眼鏡を使って、コンタクトはたまに使うだけだろうから、本当は安いのが良かったんだけど、乱視が強すぎて普通レンズは無理でした。
両眼ともひどいんだけど、特に左目は医師曰く「ソフトレンズで矯正できる限界を超えている」そーだ。
なんてこったー
そーいや、いつのころからか、眼鏡やコンタクトを作りに行くと、左目用レンズはほぼ間違いなくお取り寄せだったな。
今回もその例に漏れず店舗在庫がなかったので、お取り寄せになりました。
また行かねばならない。

1_20150212130017a2b.jpg
乱視を矯正しない状態で視力検査のアレを見ると、2列4文字のひらがなが、シュッシュッと短く払ったみたいな縦線の集まりに化けるのだった。
何がどうなっているのやら。
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2015_02
10
(Tue)11:32
先日車を運転中に長男からメールが来たので、同乗してる長女に返信を頼みました。
スマホユーザーになって久しい長女は私のガラケーをいざ使おうとしてみたら、「あれ?どうするんだっけ?」ですと。
ガラケーの使い方を忘れていたよ★
使わないと忘れるもんなんだね。

私のガラケーはつい先日バッテリーを替えたばかりなので、まだしばらくは使うかな。
電話はガラケーで、モバイルネット用に小さいタブレットでもあればいいんじゃないかと思ってる。
スマホなら1個で済むのに、機器を複数持つのってどうなの?と長男は言うけど。
長女はLINEをして欲しいみたいだけど。
でも、「ケータイに求めるものが少ない」「パソコンが好き」同志の私と次女は、どうもいまいちスマホに魅力を感じず、まだまだガラケー。

それはそうと、ガラホってどんなもんなんでしょうね?
店頭にあったらちょっと触ってみたいかも。
auから「ガラホ」登場
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2015_02
05
(Thu)18:55

スキタイと匈奴 遊牧の文明 (興亡の世界史)スキタイと匈奴 遊牧の文明 (興亡の世界史)
(2007/06/16)
林 俊雄

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読み終わりました(やっと)。
難しかった。
でも面白かった。
今回も、レビューではなく脱線し放題な雑感です。

スキタイ
この本が難しかった原因は、アジア史の知識が、はるか遠い昔に大学受験で勉強したっきりのものであったこと、さらに中央アジア(ユーラシア)史に関しては、NHKスペシャルあたりを見た程度の知識しかないど素人であったこと、ですね。
じゃ、何故そんなよく知らないテーマの本を手に取ったかというと、スキタイです。
昔から漠然とスキタイに興味があったんです。

スキタイは前7~4世紀頃、アッシリアだバビロニアだのの古代帝国があった時代に、黒海北方にいた騎馬民族。
(この本の著者は、騎馬”民族”ではなく、騎馬”遊牧民”という言葉を採用してます。そのわけは「はじめに」に書かれてます)
インドヨーロッパ語族の一派ということで、ヨーロッパ人の原郷問題にも絡んでくる、欧米人にとっては関心の高いヒトビトです。
スキタイ組曲なんて曲(ロシアの作曲家プロコフィエフ作)もあるし。
原郷問題というのは要するに、「我々(インドヨーロッパ語族)はどこから来たか」問題です。
これはスキタイの時代よりももっとさかのぼった時代の話になるので、直接関係ないかもしれないけど、インドヨーロッパ語族発祥の地がカフカス(黒海とカスピ海の間の山脈)の北側か、南側のアナトリア地方(現トルコ領内)かで議論が分かれてるようです。
ロシア(一時期ソ連)の学者は、自国領内ということもあり、北カフカス説が好きみたい。
邪馬台国に九州説と畿内説があるのと似たようなもんですね。
この地域の発掘・研究は、このあたりがソ連(社会主義国)だった影響もあって、進んでないようです。

この「どこが発祥」の議論が、スキタイの起源に関してもあるということです。
スキタイ系文化といわれるものは、現モンゴル方面にまで及ぶほど広い範囲に痕跡が残っているようですが、その文化が「黒海沿岸に生まれ東に伝播した」説と、「東(アジア)から来た」説があり、やはりロシア系の学者は前者を支持する人が多かったようです。
ところが近年、東方の南シベリアにより古い遺跡が発見されて、東からもたらされた説が有力視されるようになってきた、とのことです。
考古学は、乏しい資料から、こうかもしれない、ああかもしれないと推論するしかない学問なので、国の事情なども入り込んで大変、みたいなことを著者が書いてました。
1に1を足したら2でしょ、な感じのキッパリ感がないからホント、大変なんでしょうね。

ヒッタイト
ヒッタイトに関しては、この本には年表に登場する以外一切記述はありません。
そりゃそうです。彼らは遊牧民じゃありません。
完全無欠に私の個人的脱線です。

ヒッタイトは前15世紀頃、アナトリア(現トルコ領内)に現れた民族・国家で、鉄器文明で知られていますね。
ヒッタイトといえば鉄器。
これ、受験勉強的に常識ですよね。
でもここではそれはどうでもいいです。

なんとなく予想できるかもしれないけど、この人たちもアレです、インドヨーロッパ語族。
ヒッタイト語は、きっとある筈、なインドヨーロッパ祖語から早い段階で分かれたとされる古代語で、その割に、印欧語特有のあれこれややこしい文法をあっさり捨てて、現代英語みたいに色々簡単になってる言葉だそうです。
興味深いです。
この本の内容的に全然関係ないことですが★

ヒッタイトは、インドヨーロッパ語族原郷候補地のカフカス山脈南方にいたわけだけど、じゃあスキタイはどうかというと、遠く東アジアからやってきた可能性があると。
だったら、スキタイは、はるか遠い時代に原郷から東方へ旅立った一派が、時を経てまた戻ってきた人々なのかも。
そう思う根拠は、

・原郷は、インドヨーロッパ語に共通する単語のうち、生物や環境など自然に関するもの一致から、大体カフカス山脈を中心にした地域のどこかと目されている
・この本によると、定住集落→遊牧生活という順に発生している

つまり、原郷で定住していた集落の人々が、牧畜事業を拡大していった結果、定住地に帰らない遊牧民になって東へ東へと牧草を求めて旅していったのかも。
そして長い旅路の果てに一部の集団がまた帰ってきたとか。
この辺は完全に私の個人的妄想なので、信用しないように。
ちなみに遊牧民=騎馬遊牧民ではありません。

匈奴
時代はぐっと下って、前3世紀。
スキタイ時代よりもだいぶ資料が残っているので、匈奴に関しての記述は詳しいです。
学校で習う世界史では、アジア史といえば中国史。
中国が主役の歴史なので、なんだか中国古代王朝が周辺諸国に比べて圧倒的に強い印象があるけど、どうもそんなでもなかったらしい。
漢の初期、北方の匈奴は超ヤバくおっかない隣人さんだったようです。
だから、どうか襲ってこないでくださいへこへこ、とセレブなあんなものやこんなものを贈ってお願いをしてた…のに、匈奴の皆さんは講和条約なんて関係ないとばかりにホイホイ略奪にやってきていたとか。
初期の漢の軍隊は歩兵が中心だったので、馬に乗ってダーッとやってきて好き放題略奪してサーッと帰っていく匈奴に手の打ちようがなかったようです。
プロペラ機でジェット戦闘機と戦ってるようなもんだったのかも(そんなこたないだろ)

匈奴の言語はテュルク(トルコ)系とされています。
漢は盛んに匈奴と外交を試みていますが、ここで面白いのは、著者がちょいちょい「で、この人たちは何語で会話してたんかい?」的な突っ込みを入れているところです。
確かに気になる。
有能な通訳がいたのだろうか?
匈奴側の文字記録はないので、資料は司馬遷の「史記」と、あとは「漢書」によってるから当然それは漢語で書かれているわけだけど、とある戦闘場面の描写で、漢軍が匈奴の砦を攻めているときに匈奴兵が何だかんだ叫んでた、という記述があるが、なんで言ってることがわかったんだい?な感じの突っ込みが特に面白かったです。

テュルク系言語を話す民族は、中国北方の広い範囲に古くからいたみたいだけど、彼らもまたその昔、どこか遠くからやってきたんでしょうか?

さて、匈奴、は当然「きょうど」と読むわけです…日本では。
でもその字面は、漢の時代に匈奴語の音に当て字したものよね。
匈奴に限らず、中国古代王朝に残る諸外国に関する記録は、相手国の発音に準じた当て字になってるわけよね。
日本で習う時、それをさらに日本語読みに直してしまうのはどんなもんなんでしょう?と思いました。
多分、というか間違いなく、元の発音から遠くかけ離れてしまってるでしょう。
匈奴時代の遺跡発掘現場の写真が載っているのだけど、その出典がドイツ語なので、匈奴をHsiung-Nuと書いてます。
う~ん…
どう読めば…
でもこれが国際的に通用する「匈奴」の表記ってことよね。
知らないとなんのことだかわからないよ、日本人には。

匈奴は、漢字の古代音では「ヒョンヌオ」と発音すると考えられているそうです。
現代中国語でどう読んでるのかはしらないけど、先のドイツ語を見ると、「ヒュンヌ」くらいの感じなのでは?
日本でもそれに倣って教えたらいいんじゃないかと思うんだけど。

大月氏
本書では、匈奴に続きフンの記述に移るんだけど、それはそうとして私は大月氏。
大月氏が気になる。
実を言うとずっと前から気になっていた。
だからと言って調べてみようとも思ってなかったのだけど。

何が気になっていたかというと、学校で習った歴史では、秦時代、北方民族に月氏というのがいるんですよ。
匈奴台頭前に北方で東胡と勢力を二分していた強国ですが、匈奴に追われていなくなったと。
で、漢時代の地図では、西の方に大月氏って国があるんですね。
月氏…だったのに、西に逃れて名前を変えたのか?
何で「大」をつけた?
何があった?
などというどうでもいい疑問を持っていました。
でも大月氏は受験用世界史でさして重要項目ではないので、ここを学校で詳しく習うことは、昔も今もないでしょう。
この本を読んで、やっと長年の謎が解けました。
月氏、匈奴に追われて西走した時、二派に分かれて、遠く西域まで行った大集団を大月氏、近くに残った小集団を小月氏と呼んだということです。
なるほど~
きっと彼ら本人的には大も小もなくどちらも「月氏」だったんだろうけど、周りから大小の区別をつけられたのね。

さて、東アジアの北方地域で勢力を誇っていた月氏だけど、彼らもまたインドヨーロッパ語族と言われてます。
そんなところまで行っちゃったんだね~。
なんか、人間の行動範囲の広さに驚きます。
同じ人間でも、私は行動範囲狭いけどっ(>▽<;)

そのうちこれも読もうと思う…↓

大月氏―中央アジアに謎の民族を尋ねて (東方選書 38)大月氏―中央アジアに謎の民族を尋ねて (東方選書 38)
(2010/03)
小谷 仲男

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2015_02
02
(Mon)11:55
150202_1049~02

誕生日は一か月先ですが、ダンナからの誕生日プレゼントに買ってもらいました。
膝下まである長いコートが欲しかったのよね。
でも最近、コートって割と短くないですか?
ロング、と銘打ってても膝上丈だったり。
長いコートって確かに重いし邪魔だしあまり実用的とは言えないから、需要が少ないのかなあ?
前に、ダンナが昔着てたロングコートを古着屋さんに持って行ったら、長いのはちょっと…と買取拒否されたし。

膝下丈のチェスターコートがあったら欲しいかなあ、なんてぼんやり思ってたんですが、これを見たらビビッときてしまいました。
アンゴラ混ウールモッサで、手に取った時重いかな?と思ったけど、羽織ってみたら意外に軽かったし可愛かったし。
それに黒は慶弔(主に後の方)に着れるし(自分の年齢的に意外とこれ重要)。
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